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Skylar Spence 「Prom king」

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Skylar Spence -LINK-

オフィシャルサイト(海外)
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古溪一道─2015.11. 2─


いきなり本題とは違うアーティストのMVですが、まずはこれを観てみてください。


Wheatusというバンドのパワー・ポップ/ミクスチャーの名曲「Teenage Dirtbag」です(注1)。ワン・ダイレクションもカヴァーしていた曲なので知ってる人も多いかも知れません。


ヘヴィメタ好きで学校でも冴えない存在の高校生男子が、ある女の子に恋したお話。恋い焦がれてはいるものの、彼女は学園のアイドルだしカマロを乗り回すような金持ちの彼氏もいるし、自分みたいなクズなんかその存在すら知らないだろうし振り向いてもらえるなんてあり得ないよな…と一人寂しく参加していたプロムでのこと。なんと彼女が自分のところに歩みよってきてこう言いました。「アイアン・メイデンのチケットが2枚あるから今度の金曜に一緒に行かない? わたしも…貴方と同じような人間(クズ)なの」…という夢のようなストーリー。最高です。

 

「プロム」ーー上のPVでも登場するこのイベント、検索すると「プロムナード(舞踏会)の略称で、アメリカやカナダの高校で学年の最後に開かれるフォーマルなダンスパーティのこと」とあります。デコレーションされた体育館などで行われ、バンドやDJが参加し音楽で盛り上げ、投票でベストカップルを決めたりもしてるようです。日本人にはいまひとつ馴染みがないこのイベントですが、アメリカのティーンエイジャーを描いた映画でも度々そのシーンが登場してきているので、そういった映画を通してプロムの様子を垣間みることが出来ます。『プリティ・イン・ピンク』や『恋しくて』といった80年代のジョン・ヒューズ監督作品(いま40代の人たちは彼の映画作品を通してアメリカの学園文化を知り、憧れ(もしくは嫌悪)を募らせてきたと思います)、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』、『シーズ・オール・ザット』、『25年目のキス』、新しめなところだとオルタナ世代を代表するソフィア・コッポラが監督した『ヴィージン・スーサイズ』等々数多くあって、最近だと『Glee』のシリーズでも何度か登場していました。


正装でばっちりキメて、お目当てのあの子を誘って意気揚々と繰り出すパーティであるというところからはもちろん、上記の映画作品群、そして例えば『キャリー』(注2)の主人公の女の子の、プロムの舞台で恥をかかされて幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされたその衝撃の勢いで、超能力で周りの人たちを次々と惨殺する…というその怒りの度合い(?)からも、アメリカのティーンエイジャーにとってプロムの存在がどれほど大きいかは、ひしひしと伝わってきます。

 

そのプロムを描いてきた作品の多くは、一見華やかにも見える学園生活や青春群像を描いてきたと同時に、スクール・カーストと言われる学校内の階級制度をもあぶり出してきました。その学園内ヒエラルキーを簡単に説明すると…


〈第1階層〉ジョックス、プリンセス
(男子は主にアメフトやバスケ、ホッケー部等で活躍して名を挙げているスター、女子は金持ちの娘でチアリーダーをやってるようなタイプ)

〈第2階層〉プレップス(名門大学を目指すような優等生)

〈第3階層〉バッドボーイ、フローター
(不良や一匹狼的存在。実は隠れた才能や容姿体力頭脳を持ってること多し)

〈第4階層〉ワナビー、プリーザー
(勝ち組の取り巻き。第1階層におべっかを使いつつ、ギークたちを蔑む)

〈第5階層〉ブレイン(ガリ勉)

〈第6階層〉ギーク、フリークス
(ナードも同義。音楽など自分の趣味に入れあげてしまって変わり者扱いされている子たち。オタク)


…こんな感じのようです(注3)。WheatusのMVでいえば、主人公がギーク、女の子がクイーンでその彼氏がジョックスといった具合です。

 

本稿の主人公、スカイラー・スペンスは自身のデビュー・アルバムのタイトルを『プロム・キング』と名付けました。プロム・キングとは、プロムの夜に人気投票で選ばれる、いわばミスター○○高校のような存在のことです。だいたいは上に書いた第1階層のジョックスがその名誉を手に入れることが多いようです。

 

この『プロム・キング』、まさにプロムの夜にかけたらハマること間違いなしのダンス・アルバムです。ゆったりめのBPMのディスコ・ビートを中心に、グルーヴィなファンクやガラージュ、ニューウェーヴや80年代ポップの要素もふんだんに取り入れたパーティ・レコード。もし自分がDJをやっていたら、毎回DJバッグに必ず忍ばせておきたくなるような一枚です。

 

まずはアルバムを代表するような2曲を。
 


この曲は去年の個人的ベスト・トラックでした。
 


みんなでサビのコーラスで「hoooo-!!!」と盛り上がったら楽しそうな曲です。

 

ディスコ、ファンク、ブギの魅力を詰め込んだようなダンス・チューンと並んで、80年代のきらびやかでロマンティックなムードに包まれたポップ・ソングも何曲か収められています。

 


この曲などはロマンティック・ポップの王様プリファブ・スプラウトの遺伝子を受け継いだような曲です。MVも上2つに較べてしっとりめの仕上がり。
 

(ロマンティックという意味で言えば、スカイラー・スペンスという名前も、ウディ・アレン映画の最高傑作のひとつ『世界中がアイ・ラヴ・ユー』の登場人物から取られていて、しかもドリュー・バルモアがエドワード・ノートンとめでたく結婚した後の名前というロマンティックさ…!というところにもかなりグッときます。以前はSaint Pepsiという名前で活動していましたが、改名宣言した時のトレイラーにも映像がふんだんに使用されていました)。

 

スカイラー・スペンスことライアン・デロバティスは、アーティスト写真やインタヴューを見る限り、プロム・キングの栄冠に輝くスクール・カースト第1階層にいるようなタイプではなかったようにも見えますが(失礼)、このインタヴュー から察すると、プレップス的存在だったのかも知れません。育ち良さそうだし。ジョン・キューザック(注4)にもちょっと雰囲気似てます。


一方で、自身もおそらく相当な音楽オタクであり(それはバンドキャンプなどで聴くことが出来る、サンプリングネタを多く含んだ膨大な作品群からも感じ取れる)、ギークの気持ちもよくわかる優等生…的な立場だったのではないかなと想像します。自分がこのアルバムの音に一番惹かれるポイント、それは、キラキラしたダンス・ミュージックでありながら、どこか可笑しくて情けなくて、ナードやギークたちにも寄り添うような優しさも持っているところなのですが、その理由はそんな彼の青春時代に依るところも大きいのではないかとも思います。先に挙げた2曲のMVの登場人物もそんなナード感とロマンスが満載だし。


学校生活の楽しさや華やかさ、煌めきと同時に、その裏側に潜んでいる苦い思い出や暗黒歴史もしっかりと掬い取っている音楽。彼の音にある切ない響きからはそんなことも感じます。と同時に、学校生活から卒業してしまう寂しさと、新しい生活への希望や期待や興奮や不安なども謳っているように思えます。大人になることも悪くないよ…と新しい扉を目の前に開いてあげているような。ロックやポップ・ミュージックとはそもそも学校では教えてもらえなかった新しい何かを見せてくれるものではなかったか…ということも思い出したりもして(注5)。

 

この原稿を書きながら、まもなく活動休止するthe telephonesのことも少し思い出しました。石毛くんがこのアルバムを気に入っているというところもありますが、彼らの音もまた、パーティやライヴが終わってしまったあとの切なさや寂しさを知っている音楽だったとも思うからです。楽しい時間はいつか必ず終わってしまう。だからこそいまここにいる時間をとことん楽しんで踊り尽くそう…甲高い「Disco--!!!」の叫びはその合図の言葉でした。ぽろぽろと涙を流しながら、でもにこにこ笑いながら踊ってる…そんな子たちの姿が浮かんでくるような音楽でした。彼ら自身もどこか可笑しくてナード感もある子たちだったし。海外の音楽とのリンクという扉も開けてくれていたし。

 

「Affairs」のMVでも日本の昔のCM映像が使用されていたり、Saint Pepsi時代の代表先的な音源『HIT VIBES』(フリーダウンロード出来ます)でも山下達郎をサンプリングしていたり、先に挙げたインタヴューによると菊池桃子がやっていたラ・ムーにも大きな影響を受けていたり、音楽ブログ『GORILLA VS. BEAR』にポストされていた影響を受けた/好きな曲の中で、マザー・グースという山下達郎が過去にプロデュースした女性グループの曲も挙げていたりして、日本のポップ・ミュージックにもかなり造詣が深いスカイラー・スペンス。その音が馴染みやすい音になっているのはそういった部分も大きいのかも知れません。


tofubeatsがリミックスを手がけていたりして、Sugar’s Campaignとか最近の所謂シティ・ポップ(この言葉そろそろ死語になりそうな気もしますが)に括られているアーティストが好きな人には確実に響くでしょうし、3曲目のタイトル・トラックのイントロなんてサカナクションを思い出すし(途中で「インナーワールド」のカッティング・ギターをサンプリングしたような音も出てくる)、そういったキーワードに引っ掛かった人たちにも聴いてみてもらいたいと思います。…というか、個人的に今年のベスト・アルバム最有力候補と思ってるくらい素晴らしいアルバムなので、みんな絶対聴いて欲しいと願っています。是非。


 

 

(注1:ちなみにこのWheatusの1stは名盤なので興味あればこちらも是非)


(注2:一昨年公開されたリメイク版の『キャリー』はクロエ・モレッツの可愛さを観るだけでも価値はありますが、ホラー映画としてのクオリティはオリジナル版のが断然上なので、これから観る人にはオリジナルをおすすめします)

 

(注3:参考文献『ヤング・アダルトUSA』 長谷川町蔵、山崎まどか 著 ←アメリカのポップ・カルチャーに興味がある人にはかなりおすすめの本です)

 

(注4:アメリカの文化系男子のアイコン的存在の俳優。『セイ・エニシング』と、音楽好きなら『ハイ・フィデリティ』は是非観て欲しい映画です)

 

(注5:蛇足意見ですが、日本のポップ/ロックは学校でMV撮りすぎだと思います)

 

古溪一道

Web
http://kazumichikokei.tumblr.com/

BIO
主に音楽関係の写真を撮っているフォトグラファーをやっています。音楽と同じくらいフットボールも大好きです。Twitterアカウントはhttp://twitter.com/k_kokeiです。