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(2014.09.12)
THE RENTALS マット・シャープ インタビュー

THE RENTALSが、15年ぶりのアルバム『Lost in Alphaville』をリリースした。活動再開から10年を経て完成したアルバムは、バンドのアイデンティティを100%突き詰めたような作品。その背景には、NANO-MUGEN FES.での体験も強く影響している、とか。NANO-MUGEN FES.での思い出をはじめ、アルバムの中身から今後の予定までを、マット・シャープにじっくりと語ってもらった。
(取材・文:柴 那典)

このアルバムをこのタイミングで出すことが必然だった

――アルバム『Lost in Alphaville』、素晴らしかったです。センチメンタルなメロディに男女のハーモニー、モーグ・シンセの音色と、レンタルズというバンドのアイデンティティが詰まっているような印象でした。15年ぶりのアルバムをリリースしたということで、今はどんな感慨がありますか?

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「いきなり核心を突いてくるね(笑)。今は初めて子供に一人暮らしをさせる親の気分だよ。これまでは自分の子供のように守ってあげることができた。自分が一番いいと思う形で人にこのアルバムを聴かせることができた。あえて誰にも音源を配布せずに、自分のスタジオに足を運んでもらって僕が一番いいと思うボリュームで聴いてもらったんだ。でも今はもうそれができない。各々が好きなようにこのアルバムを聴くだろう。自分だけのものではなくなったんだ。みんなのものになった。であればこそ、できるだけ多くの人のものになってほしいと思う」

――ちなみにアルバムが完成したのはいつですか?

「マスタリングが済んだのは今年の1月だった。そこからレーベルがちゃんと時間をかけてじっくりプランを練って下準備をして、最善の形で出してくれたと思う。ただ、時間をかけたと言っても、15年という年月を考えると今年の1月はそんな昔の話でもないけどね(笑)」

――活動を再開してから10年間、ファンからは新作を渇望され続けてきたと思います。実際にアルバムの制作が本格化する大きなきっかけになったことは何かありますか?

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「実際には幾つかあった。ただ、実は、今回必ず人に訊かれる質問が『なんで15年も掛かったんですか』でさ(笑)。僕自身そう訊かれても『えっと.........』としか答えられないんだ。つまり、どういうことなのかというと、ちょっと禅っぽく聞こえるかもしれないけど、作るべき時に作るべき作品を作る、ということに尽きるんだ。だから今回僕はこのアルバムをこのタイミングで出すことが必然だった、という考えに行き着いたんだ。『Seven More Minutes』以降にやってきたことも全て、それぞれそのタイミングでやるべき作品だったりプロジェクトだったという」

――このタイミングが必然だったというのは?

「僕は何年もの間、散発的にではあるけど、いろんなことをやってきて、そのほとんどが商業的に賢明とは言えない道を選んできたわけだ(笑)。まあ、それも自覚してやってたわけだけど、商業的成功を念頭に何かに取り組んだことはなかった。で、そういう作品というのは、僕にとっては作る必然があったものだったんだ。でも、ほとんどの人が僕に期待するものではなかった。単純に自分が興味あるものを追求しただけだった。そういう作品を出した時の反応というのは毎回『ああ、いいんじゃない』という程度で、僕にわざわざ感想を言う人も多くはなかった。でも、今作に関しては、どういうわけか、聴いた人から送られてくる感想がどれも心の底から喜んでくれていて。『これヤバいよ!』って思わず叫んでしまうくらい、心底興奮してるのが伝わってきたんだ。そうやって熱い反応を貰うのは本当に嬉しいし、そういうのはかなり久しぶりのことで。それが欲しくてやってるわけじゃないけど、自分の作品を褒めてもらうのは嬉しいものだからね」

2011年のNANO-MUGEN FES.の時に感じた興奮を、そのままアルバム作りに生かしたんだ

――2006年にはNANO-MUGEN FES.で活動再開後初の来日を果たしています。その時の経験はどんな風に印象に残っていますか?

「あのライヴで一番笑えた話をしよう。NANO-MUGEN FES.はこれまで3回出演して、10周年記念ライヴにも出て、毎回様々な思い出がある。バンド・メンバーのライナップも毎回違う。その時々でお気に入りのミュージシャンに声を掛けて日本に連れてくるんだ。2006年の時は、とにかくリハーサルを何度も重ねて、曲のアレンジを変えてみたり、担当の楽器を入れ替えてみたり、思いつくアイディアを片っ端から試してみたんだ。『逆立ちしてやったらどうなるだろうか』とかね(笑)。で、そのリハ中にマネージャーがやってきて『フェスの主催者から連絡があって、ライヴ中に1つだけ特効を使ってもいいというから、花火がいいか、火柱がいいか、紙吹雪がいいか、言ってくれ』と言われたんだ。で、確か『紙吹雪がいい』と言ったんだけど、後になって『紙吹雪は他にとられた。他にしなきゃいけない』と言われて、結局『火』ってことになったんだ」

――どんな感じでした?

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「すごくドラマチックなものにしようと思ってたんだよね。ライヴの中で、ルー・リードのカヴァーの「Walk On The Wild Side」から、そのまま「Friends of P」に流れるという場面があった。静かで落ち着いた感じから、「Friends of P」のサビのところでいきなりヘヴィーな音になる、という。そこに火柱を持ってこようということになった。ただ、バンドにはステージで特効の火を経験した人は誰もいなかった。で、いざ本番になって、「Walk On The Wild Side」をアコギだけでしっとり演奏して、「Friends of P」に入ってからも気持ち良く歌ってたんだ。『♪oh yeah, oh yeah, what's that she sees, tell me....what's up with me.......find out more of what's going to be...♪』で、いきなり『ドッカーン!!!』と来たんだ。みんなで飛び上がったよ。メンバー7人中6人が心臓マヒを起こしたくらいさ(笑)。ステージは揺れるし、もうわけが分からないくらいの衝撃だった。前の曲からの対比があまりに凄くてとにかく笑える瞬間だった。ルー・リードが見ていたらなんて思ったかな。終わった後みんなで『すごい衝撃だったな』って話していたら、特効のスタッフに『あれで火力は1/4ですよ』って言われてさ。あれが僕らにとってNANO-MUGEN FES.への洗礼だった。あれ以来ライヴで特効は使っていないけどね(笑)」

――その後のNANO-MUGEN FES.への出演で印象的だったエピソードは?

「NANO-MUGEN FES.は毎回出る度にどんどん良くなっていると実感している。その中でも特に印象的だったのが2011年だね。震災の直後だったから、何か特別なことをしたいと思ったし、他の日本の出演者とも連携してアーティスト間の強い結束を示したいと思った。ゴッチやAKGに対しても強い連帯感を感じているし、それをお客さんとも共有できればと思った。この辛い時期に少しでも励みになればと思ったし、いつも応援してくれることへの感謝の気持ちを伝えたかった。だからすごく記憶に残っている。あの時のライヴで、THE RENTALSの曲を日本語の歌詞にして歌ったんだけど、ゴッチが日本語詞をわざわざ書いてくれて、日本語を話さない僕にどう発音すればいいか教えてくれたんだ。AKGも、We Are ScientistやASHのTim Wheelerやアイルランド人のドラマーもみんな一緒になって演奏した。で、何がすごかったかって、日本に行ってからたった1度のリハーサルしかやらなかったことだよね。あの規模のライヴにも関わらず、ほんの3時間程のリハーサルだった。2006の時はとにかくリハーサルをとことんやっていろいろなアレンジを試したけど、この時はそれぞれが曲を覚えてきて、東京で初めてみんなと合流して2〜3時間合わせただけだった。でも、そのほとんどぶっつけ本番のライヴのほうが、その前の何度もリハーサルを重ねたのよりも断然いいライヴだった。遥かに楽しかったし、ステージ上のエネルギーも凄かった。その体験が実は『Lost In Alphaville』への大きな刺激になった。あの時に感じた興奮をそのままアルバム作りに生かしたんだ」

NANO-MUGEN FES.に出演する時は、絶対に何か特別なことをやりたいと思っている

――今年のNANO-MUGEN FES.でも、1stアルバム収録の「Getting By」が大きな一体感を生むキーポイントの曲となっていましたね。この曲についてはどんな思い出がありましたか?

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「今年のNANO-MUGEN FES.の2日目では「Getting By」を「Friends of P」の後にやったんだけど、その時の思いつきで「Friends of P」の途中で長い間奏を入れてしまったんだ。NANO-MUGEN FES.の運営スタッフには心から謝りたいんだけど、あんなに予定時間を超えるつもりは本当になかったんだ。ただ、「Friends of P」の間奏部分で80年代にヒットした「Pop Music」を演奏し始めて、そこから今度は「Ghostbusters」を演奏して、そこからさらに「Ghostbusters」を「ゴッチバスターズ」に変えて「I ain't afraid of no Gotch」と歌って、観客にも歌わせたりした。そしたらゴッチがステージに出てきて、僕を追いかけ回して、ステージ上で二人で闘いが始まったんだ。そんなことをしたもんだから、その曲がようやく終わった頃にはすっかり息が上がっちゃって、ふとセットリストを見てみると「ヤバい。「Getting By」がまだあった」ってその時になって気付いて。ゴッチとステージ中を走り回った為に、体力を全て使い果たしてしまったもんだから、「Getting By」は膝をついて息も絶え絶えに、まるで102歳のお爺さんが最期の歌を歌っているみたいだったよ(笑)」

――2006年の時にも「Getting By」は歌ってましたね。

「そう。そもそもAKGやゴッチと本当に仲良くなれたきっかけをくれたのがこの曲だったんだ。2006年に初めてNANO-MUGEN FES.に出演したとき、全てのリハーサルを終えた時になって、当時のレコード会社の担当者に『「Getting By」は絶対に演奏して貰わないと困る』と言うんだ。で、僕が『リハーサルをしてないから、あの曲は演奏できない』と説明しても、『The Rentalsを楽しみにして見に来た1万5千人のお客さんがライヴを見てがっかりしてもいいの? みんなががっかりして帰ったらそれは貴方のせいだから』って言う。で、僕はどうしたらいいかわからず、自分たちのライヴが始まる前にAKGの楽屋に行って『助けてもらいたいことがあるんだけど』と言って、経緯を説明して、『僕たちのセットでこの曲を演奏するのは無理だけど、今から君達が「Getting By」を覚えて、君たちのセット中かアンコール、どのタイミングでもいいから、そこで僕が飛び入りして一緒に「Getting By」を演奏するのはどうだろうか』と聞いたんだ。その結果、僕たちが自分たちのライヴをやっている最中、彼らはラジカセを囲んでそれぞれのパートを覚えてくれて、僕たちがライヴを終えた頃には曲を完璧にマスターしていた。自分たちでやるよりも上手く演奏してくれたよ。で、彼らのライヴの本編の後のアンコールで僕らが出てきて一緒に「Getting By」を演奏したんだ。その経験が下地になって、2011年のに日本語で歌ったことへと発展していったんだと思う。これはゴッチや運営スタッフにも言うことなんだけど、そういうめちゃくちゃなことも一緒に出来るという実感があるからこそ、NANO-MUGEN FES.にTHE RENTALSが出演する時というのは、絶対に何か特別なことをやりたいと思っている。今年は『Weezer (The Blue Album)』の20周年記念ということで、初日はAKGと一緒に「The Sweater Song」をやって、二日目は「Say It Ain't So」をやった。自分では二度と演奏することはないと思っていた曲だったけど、彼らにとってあのアルバムが重要な意味を持っているのは知っていたから、彼らとああいう形であの曲を共有できたのは本当に良かったね」

THE RENTALS

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Lost in Alphavile
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2014.8.13 ON SALE 日本先行発売 / ODCP-007 / ¥2,000(税抜) + 税 / only in dreams / 株式会社 KADOKAWA